赤点

意志薄弱で到底幸せが見込めない

アイドルというか弱い存在と神であることを拒否し続ける彼女:上坂すみれ“超中野大陸の逆襲 群星の巻”に参加しました

 

「神は死んだ」

日本のみならず東アジア圏全体において絶対的な存在であったSMAPの失墜は彼らのファンのみならずアイドルファン全体、日本国民全体に衝撃を与えた。事務所の象徴、シーンの象徴、アイドルの象徴であった彼らですらスパルタクスのようなコロッセオの中だけのヒーローであり一歩外に出ればただの力ない奴隷だったと突然現実を突き付けられたのだ。

 アイドルは言葉そのものの意味やその神性やファンとの関係から“神”や“巫女”、“偶像”と絡めて語られることが多いが、アイドルは神でも神下ろしでもなんでもない。もっと大きな存在の繰り人形であったと、冷や水をかけられた気持ちになった人は多いだろう。

この一件は今後アイドルという存在の未来に暗い影を落とすのは間違いない。

 

 しかし、私は一筋の光明を見た。2月11日、声優アイドル上坂すみれの三回目となる単独ライブ「超中野大陸の逆襲 群星の巻」に参加したのだ。

 彼女はたびたび自身の歌やアーティスト活動へのこだわりの薄さを語っていた。しかしそれは事務所に活動を強要されているといった意味ではなく、元来内向的で前に前にといった性格ではなく、筋金入りのアイドル・メタルその他音楽、サブカルチャー好きとしての理想と自身の歌唱力や表現力との乖離が許せないものであるからだろう。

先日のナタリーのインタビューでは「私のライブやイベントは町内の子供会スタイルというか。よい子のみんなとMCという名のおしゃべりを楽しみつつ、お歌の時間になったら、そのみんなと一緒に歌う(笑)」と語っていた。そんな、一見すると向上心がないように映る彼女の今回のライブはこれまでの活動の一つの集大成であり、アイドルの置かれた仄暗い現状に光明を見出すことが出来るものだった。

 ステージ上の彼女はこれまで見たどのアイドルとも違っていた。

 

会場は思わぬ形から高まりを見せる。「公演中、曲のタイミングを外してジャンプを続ける行為。周りのお客様のご迷惑になるくらいの高いジャンプ、連続したジャンプは禁止です。ダイブ、モッシュ、リフトなどの行為も禁止です。ペンライト、サイリウムは片手三本ずつとまでっえっうぁぁ・・・間違えた!!!」 と録音かと思われた前説の言い間違えにより生で喋っていることが判明したのである。ユーモアある一節で注意を引き付けた絶好のタイミングで計算されたかのような言い間違えだった。そこからはいつもの彼女。まるで数分後に開演するのが嘘のような軽快なトークとへご真似、遅れて入場した同志(彼女のファンの呼称)をいじったりキョンシーの仮装した同志のお札に「上坂は可愛い」と書いてあるのを発見し「なんてくだらないことを書いているんだね!」と憤ったりと会場をあたため彼女らしいアットホームな雰囲気の中ライブに突入する。

しかしオープニングSE『予感02』が流れ出した途端空気は一転。警告音からの「埼京線とりあえず一本だけ参りま~す・・・最強だぜ」のいつ聞いても盛り上がるAメロからダンサーのアニメーションダンスが始まる。主役を奪わない際の際まで質を高めた踊りで会場を沸かせ、『来たれ!暁の同志』の遠くから迫ってくるような期待感を煽るイントロから上坂すみれが登場。会場のボルテージは一気に最高潮に。檀上で一身に注目を集める彼女は一目で以前とは違った、オーラやカリスマのようなものを感じさせてくれるものだった。

『パララックスビュー』では難解なメロディをバックバンドが見事に弾きこなし、『全円スペクトル』の「あれも違う、これも違う、違う違う違う!」のイントロ語りに合うよう’猫ふんじゃった’から猫キャラの前川みくモノマネ、昨年公開された映画で更に人気に火が付いたガルパンで広く知られた’カチューシャ’を歌い上手く『全円スペクトル』のイントロに繋げ盛り上げる。

曲間映像ではアイドルマスターシンデレラガールズで共演した武内俊輔と洲崎綾が出演し、’学校の怪談’などのチープな懐かしのドラマや彼女のマイブームでありライブタイトルにも引用された’三国志’にインスパイアされたような、彼女のメタ思考が色濃く反映されたショートストーリーで笑いを誘う。アイマスガルパンなどの自身が出演するアニメのネタを取り込み盛り上げるのは実に彼女らしいやり方だ。

最新アルバムの表題曲である20世紀シリーズでは4曲が地続きになった世界観を舞台演出や身に纏った魔女のような衣装、声優として第一線で活躍する彼女の演技力を武器に表現していく。

ライブも終盤。にも関わらずメタル要素が散りばめられた『閻魔大王に訊いてごらん』を熱唱し、デビューシングル『七つの海よりキミの海』でダンサーと息の合ったダンスを披露し体力や運動能力が心配されたデビュー当時から一皮も二皮も剥けた姿に胸を打たれる。

ダンサー、バックバンドのメンバー紹介では屈んで視点を一つ下げて紹介するあたりに他人へのリスペクトと感謝の気持ちが見て取れる。ライブは一先ずの終わりを見せたものの間髪入れずに映像が流れ、その中ではレーベルメイトの小倉唯が自身のライブの曲間映像で訪れた板橋区の‘ハッピーロード’商店街を訪れるというメタっぷり。

映像も終わり客席から再登場する上坂すみれ。映像の中で購入していた‘おみやげ’を会場行脚をしながらファンとタッチや会話を交わし配り歩く。行脚も終盤、会場中央で『我らと我らの道を』をスタッフ、観客と歌い会場と一体に。

そしてステージに戻り『げんし、女子は、たいようだった』『革命的ブロードウェイ主義者同盟』を歌い上げ、「生産、団結、反抑圧」のスローガンと「ypa!」の三唱を唱え彼女は去って行った。彼女がハケた後には曲間映像のNG集が流れ、最後まで笑いと満足感に包まれたまま三時間ものライブは幕を閉じた。緊張と緩和や予想の裏切りなどの笑いの場やいわゆるジェットコースタームービーなどで主に使われるテクニックを上手く使われたポストメディウム的な視点で見ても工夫が凝らされた素晴らしいライブだった。

 

 

ライブ後半になっても衰えを見せない体力。生なのにブレない歌唱力。進境著しいダンスのキレ。会場を沸かせるメタ発言の数々。地雷原のような話題も走り切ってしまうようなバランス力。全てがデビュー当時とは見違えていた。

しかし、アイドルとして太鼓判を押せる実力を身に着けた彼女は“神”にはならなかった。圧倒的なカリスマや実力を持つアイドルというのは得てして会場全体を掌握して“神”になることを選ぶ。しかし彼女はそれを選ばなかったのだ。

 彼女のステージは一目でそれが何人もの力で作り上げられたものであることがわかった。迫力のある音を奏でるバックバンド、ライブ用に多くの曲にアレンジを施した作曲チーム、主役を引き立て続けるダンサー、彼女の魅力を120%引き出す衣装を作るスタイリスト、世界観を彩る舞台を作った演出、関わったスタッフのみならず客席に居る我々すらも一つのステージを作り上げる一員だった。

 

哲学者フッサールは言った。自己の存在は他者の存在によって認識出来る。

彼女のステージは、アイドルとしての自己は他者の存在によってはじめて存在していると確かに語っていた。

 

前に出る意欲の少ない性格や謙虚さ、こだわりの薄さ、過剰に他人をリスペクトする一面、一見するとアイドルをやる上でマイナス要素とみなされがちなすべてが好作用した素晴らしいライブだった。

 

 七十年代、一世を風靡したアイドル歌手のような世間から愛される存在は九十年代にはCMタレントに、ゼロ年代以降は女優に移っていった。

八十年代以降、おニャン子クラブハロー!プロジェクト、AKB48、ももいろクローバーと“メタ”アイドルに変身を遂げ生き残り続けてきたアイドル。SMAPの一連の騒動で疑いの目が向けられた今、アイドルはどう進んでいくべきか岐路に立たされている。

 そんな今、バランス感覚に長け、か弱いことを自覚し、 “神”であることを拒否する彼女のような“メタ・メタアイドル”が一種のロールモデルになるような予感がして止まない。

 きっとこう言える日が来るだろう「上坂すみれは“最強だぜ”」と。

 

 

 2月11日 上坂すみれ「超中野大陸の逆襲 群星の巻」セットリスト

 

  1. 前説
  2. 予感02
  3. 来たれ!暁の同志
  4. 冥界通信~慕情編~
  5. MCトーク 1
  6. パララックスビュー
  7. すみれコード
  8. Inner Urge
  9. MCトーク 2
  10. 繋がれ人、酔い痴れ人。
  11. 猫ふんじゃった→カチューシャ→)全円スペクトル
  12. テトリアシトリ ParkGolf Remix)
  13. 曲間映像①
  14. 20世紀の逆襲 第一章 ~紅蓮の道~
  15. 20世紀の逆襲 第二章 ~蠱惑の牙~
  16. 20世紀の逆襲 第三章 ~絶境の蝶~
  17. ツワモノドモガユメノアト
  18. 曲間映像②
  19. 罪と罰 -Sweet Inferno-
  20. 我旗の元へと集いたまえ
  21. MCトーク 3
  22. 閻魔大王に訊いてごらん
  23. 七つの海よりキミの海
  24. 曲間映像 すみすみ散歩
  25. 会場内行脚
  26. 我らと我らの道を
  27. げんし、女子は、たいようだった。
  28. 革命的ブロードウェイ主義者同盟
  29. エンディング映像 曲間映像NG集